「財前!俺を殴って!」

頼まれたから殴ってやったら謙也さんは痛いわー財前ひどいわーとか抜かしよる。何、俺が悪いん?

「俺はアホや!ほんまにアホや!」
「知ってますわ」
「俺はヘタレや――――!」
「だから何ですか」

ランニング中に何やうるさいな。あ、部長の眉間に皺寄っとる。「謙也と財前あと10周追加!」部長の声が飛んだ。俺ただの被害者やん。なんで巻き込まれなあかんねん。

「…に告白しよ思ってん」
「ああ、昨日ね。で?」
「…告白できんかった」
「アホかこのヘタレいっぺん死ね!」

柄にもなく大声出してしもた。それもこれも謙也さんがヘタレすぎるのがあかん。呼び出しといて告白せんとかアホ?アホやな真性のアホやこいつアホや。きっと今日先輩が「告白されるか思って行ったらされんかった私嫌われたかもしれへん」とか教室に殴り込みに来るわ。いまだに俺の生活は安穏な日々から遠いやん何してくれてんすか謙也さん。どっちかが告白してくっつかんかぎり俺が迷惑なんやけど。

「何も言わんで帰ってきたんですか」
「いや、」

謙也さんは視線をふらふら泳がせた。完全に俺らにも被害が及ぶこと言うてきたんやなこの人。わかりやすい人や。あと勝手にそういうこと言うな。

「テニス部のマネージャーになってくれん?って頼んでしもた」

最悪や…。あの騒がしい惚気話を部活中にも聞く羽目になるのが目に見えとる。謙也さんは申し訳なさそうな顔しといて地味にニヤけとる。ああ、まさか、

、『私でよければ』やって!」

うわああああOKされたんか最悪や!あー可愛い!と謙也さんは頭抱えて喚きだす。ほんまうるさいわ。先輩、ほんまにマネージャーになるんやろか。正直言うと面倒くさいことになりそうで嫌や。

「謙也さん一人で盛り上がってどないすんねん、まず部長に相談せなあかんでしょ」
「せ、せやな」

すんません部長、面倒なんで部長に丸投げしますわ。なんとかしてください。


***


「蔵、いっぺん私を踏んで」

頼まれたから足踏んでやったら女の子躊躇なく踏むなんて最低やとは喚きよった。俺は悪ないで、自分が踏め言うたんやから。

「昨日呼び出されて告白できひんかった私はアホや!愚か者や――――!」
がアホで愚か者なんは10年も前から知っとるわ今更言わんでええ」

は入部届をばんばん机に打ち付けた。なんでも謙也にテニス部のマネージャーになってくれ言われたらしい(財前からの情報)。それでよく考えもせんで私でよければ、とか抜かしよったおかげで今は大荒れに荒れとる。いい迷惑や。

「で、やるん?やめるん?」
「そりゃやりたいはやりたいけど、迷惑かなー思て」
「うちの部に人手が足りないんは事実や。それはつまりマネージャーの仕事がハードってことになる」
「わかっとる!そこはべつにかまへんねん」

家には弟が三人おるし男の世話するだけならまだなんとかなるっちゅーのがの意見。まあそこは俺もとくに心配してへん、論点は別にあんのや。

「マネージャーやったら毎日謙也君に会えるんやね?」
「あー…せやなー…」
「そしたら私謙也君しか見れへんかもしれんわ」

そこや。がおったら謙也も集中力削がれるかもしれんのが俺の心配しとるとこや。その逆もしかり。それに二人の接点が増えるっちゅーことはすなわち俺と財前に降り懸かる火の粉(という名の愚痴)が五割増しになるっちゅーことになる。小春あたりは面白がって囃し立てたりするやろな、それで二人ともいらんアドバイスのせいで混乱して俺らに迷惑かけるに決まっとる。

「蔵、私できるやろか」
「珍しいな、自信ないんか」
「そうやなくて、謙也君に迷惑かけへんやろか」
「あいつが頼んだんやからたぶん迷惑にはならんと思うで」

ああ言ってしもた。もうどうにでもなれ。がみるみるうちに笑顔になるのが見えた。そうや笑っとけ、自分は他人に迷惑かけるぐらいが丁度良いねんから。



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