珍しく静かに 先輩がやって来た。クラスはあの 先輩が静かやで、と失礼な理由でざわつきだす。そして先輩は俺の席の前で立ち止まって呆然と言いよった。

「昨日名前呼ばれた」
「謙也さんに?」
「うん、 って、名前呼びしよか言われてん、私も謙也君て呼ぶことになってん」

先輩はぼんやり虚空見とった。無表情やった。

「嬉しないん?」
「めっちゃくちゃ嬉しい」
「先輩無表情やないですか」
「光ちゃんこれ夢?夢?」

だんだんうるさなってきたわ。 先輩の頬をパチンと叩くと、 先輩は嬉しそうな顔をした。そっちの気があるんやなくて、夢やなかったことが嬉しいんやな…いや、そうであってもらわんと怖い。まあどっちにしたって変態に見えるけど。

「私謙也君て呼んだ、謙也君やで謙也君」
「そうですか」
やて!呼び捨てやで呼び捨て、謙也君が私を呼び捨て」
「あんた面倒くさいわ」
「ええやろ今日は、めっちゃ嬉しいわどないしたらええねん」
「黙ったらええと思いますわ」
「黙れへんわ幸せすぎるわ、エクスタシーやで」
「なんかキモいの移ってますよ先輩、あといっぺん土に還ればええと思います」
「光ちゃんに何言われても光ちゃんが天使に見えるわ」
「先輩真剣に葬式代見積もったほうがええんとちゃいます」
「遠回しに殺すなや、お姉さんは光ちゃんをそんな子に育てた覚えはありません」
「先輩みたいな変態に育てられた覚えもないっすわ」

今の先輩の周りに花が飛び回ってても違和感ないわ。舞い上がっとるわこの人。ニヤついとるし。正直キモいわ。白石部長はなんで今日先輩を野放しにしたんやろか。たぶんこのあと小春ちゃん聞いてーとか自慢しに行くんやろな。今日の部活だるそうやな、謙也さんも同じこと報告してきそうやし。ほんま、あのアホ二人は俺をなんやと思っとるんやろ。


***


「財前、 が可愛すぎてどうしようもないわ」
「謙也さんいっぺん死んでください」
「えっなんでそうなるん」

部室で謙也さんが相好崩しとった。キモい。今日二人ともキモいわ。部長はチラッと二人を見てはニヤついとるし、それはまだええけど、謙也さんは久々にテニス部を見に来たらしい 先輩に釘付けになっとるし、 先輩は 先輩で遠目から見ても謙也さんにメロメロですってオーラ出とるのがわかった。

「名前呼びした」
「はあ」
って可愛い名前やんなあ、可愛いわー 可愛いわ」
「謙也さん相当キモいっすわ」

…いくら先輩が可愛くたって俺を巻き込むのはやめてほしかったんやけど(先輩の見てくれが可愛いんは認めたる、中身は嫌や)。名前呼びまでできたんやからそろそろ告白したらええのに。ヘタレも行き過ぎると周りがイライラするわ。もう告白せえや。

「謙也さん、下らん話に付き合うてやったんやからあとでぜんざい奢ってください」
「下らん言うなやアホ」
「あんたにアホ言われたないわ」



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