切原赤也という男はすぐキレるし授業中は寝ているし頼んだ仕事や課題は忘れるしかなり抜けているのだけれど、どこか憎めなくて底抜けに明るい自分が学年中の女子からひそかに人気を集めているのを知っているのだろうか。単に私がテニス部のマネージャーであり先輩からの伝言を頼まれたから赤也に話し掛けただけなのだが、それだけでもクラスの女子からの刺すような視線が痛いのなんの。赤也はそんなことには気付かずに気持ち良さそうに爆睡している。この野郎人の苦労も知らないで。周りのことなどわりとどうでもよくて、自分が夢中になったこと以外には興味を向けようともしない奴。かれこれ二年間テニス部で部員の面倒を見てきた(といったほうが表現が適切な感じがするのにもがっかりだけれど)が、赤也に関しては他の数倍手がかかる。ワカメの話をしただけで眉間に皺が寄るしブチ切れたらブチ切れたで手が付けられない。ルックスはかっこいい部類に入るのだろうけれど(女子の騒ぎっぷりからして)、どうにもこいつは私の恋愛対象外である。せいぜい弟分ってとこ。

「赤也起きな、副部長が呼んでたよ」
「げ」

薄目を開けた赤也は副部長の名を聞いた途端苦い顔をした。赤也に手を焼いているのは私だけではないのだ。

「また何かしたの?」
「いやちょっとテストで赤点取って追試があって」
「大会前なのにそんなんでどうすんだこの阿呆、思いっきり殴られてこい」
って副部長に似てきたよな…」
「誰のせいだこの野郎、わかったらさっさと歩きやがれ」

ちぇ、と舌打ちしながら赤也が立ち上がるとそれまで冷たかった周りからの視線が急に熱を帯びる。そんなにかっこいいかな、むしろ情けないようにも思えるけど。だいたい私の女子力が開花しないのはほとんどこいつのせいである。こいつにさえ構っていなければもう少し女子らしく振る舞えたかもしれないんだよなこれが。

スカート短くね?」
「うるさい、赤点の馬鹿に言われたかないわ」
「二言三言余計だお前。がもうちょっと女らしくしたらうちの部に潤いが出るのになー」
「水分奪ってんのはお前だばーか」

赤也は渇いた笑い声をあげた。ばっちり目が笑っていない。女子の名誉を傷付けたことも副部長に密告してやろうか。

「悪かったね可愛くなくて」
「いや、」

彼は視線を泳がせた。階段ですれ違う他学年の女子生徒達が赤也と連れ立って歩く私を横目で見ながらひそひそと声を交わす。この光景には赤也の世話をしているうちにとっくに慣れてしまった。いったい私が何をしたというのだろうか。そこまで赤也が好きなら自分から話しかければいいのに。

「いやってなんだいやって」
「んー、なんだ、その、あれだ」

赤也はしどろもどろに笑顔を引き攣らせた。そろそろ三年の廊下だ。

「お前はそのままで十分可愛いっつーか、悪い虫が付かなくて好都合っつーか」

は?私の思考が一瞬停止して足も止まった隙に赤也はそそくさと副部長の待つ教室へ逃げるように入っていってしまった。頬に全身の熱が集まる。呆然と立ち尽くす私ににやにやしながら丸井先輩が言った。

「青春ですなあお二人さん」


…恋愛対象じゃなかったはずなんだけど、あれ?




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