アホみたいなミスをした。そもそもあの野性味あふれるゴンタクレをまともにとりあってしまったのがいけない。白石部長がいなくなってから少しはおとなしくなったかと思えば、部長が部に姿を見せた次の日なんかは昔と同じようにルールとか常識そっちのけではしゃぎまわって、「なあなあテニスしようや!試合や試合!」とかなんとか言って数多の二年生をことごとく沈めてきたアイツに、部長なんだから俺がなんとかしないといけないという妙な責任感を感じてしまったのが運の尽きだった。
それだけでも存分に面倒くさいというのに、嫌なことというものは立て続けに起こるらしい。仕方なく遠山の相手をしていたら最近入った一年の男子マネージャーが試合中にもかかわらず「財前部長、ちょっとお話がー!」なんて声をかけるからびっくりして振り向いたところに、遠山のスーパーウルトラ…なんとかかんとかって球が俺の左手首にクリーンヒットしてしまった。

気の弱いマネージャーは動揺してごめんなさい部長大丈夫ですか、と言葉にならない言葉で俺を気遣っていたが遠山ときたら「そりゃ財前がよそ見するんがあかんもんなあ、気ぃつけやー」と俺を心配するそぶりすら見せない。振りでも心配しとけアホ。
とりあえずこんな手首ではろくに素振りも出来そうにない。適当に練習メニューを部員たちに連絡して、あとのことは副部長に丸投げした。平謝りしてくるマネージャーをなんとか振り切り(ストーカーレベルのしつこさだった)仕方なく保健室へと向かう。マネージャーにテーピングしてもらえばいい話なのだが、俺はそのときどうしようもなくなんとなく彼にムカついていた。あんな奴の治療なんて受けてたまるかとまで思っていた。

イライラしつつ半ば乱暴に保健室の引き戸を開けると、保健医用の事務机に向かって座っていたのは同じクラスの女子だった。席がわりと近くて事あるごとによく話すそれなりに仲のいい女子。へたにミーハーな奴に出くわさなくてよかったと俺は小さく安堵したが、正直言ってコイツが相手というのもなかなか厳しい。という名前のそいつは俺の顔を見るなりにっこりいい笑顔で、「どうしたのかな財前君心でも痛いの?」とか聞いてきた。コイツのボケは突っ込みにくくて苦手だ。というよりも、少し電波というか、変なところのあるこの女が保健委員だなんてたいそうな委員会に入っていることに驚いた。こんな女でも一応まともに仕事はするんやな、とか感動もしてしまう。失礼な話だが。

「うちの部に遠山っちゅーゴンタクレがおってな、そいつの打った球で手首やられてしもてん」
「遠山ってあの遠山? …よく生きて帰ってこられたねえ財前」

なにが面白いのかにやにやと笑いながらは立ち上がって、「じゃあそのへん座っててーベッド以外ねー」と言いつつテーピング用のテープを取り出した。素直に左腕を差し出すと、テーピングを巻く手つきがぎこちない。今更ながら不安になってきた。ていうかそもそも、コイツ保健委員やったっけ。先程こんな委員会に入るなんて、と感動していたがやっぱり今更違和感を覚える。危なげながらなんとかテーピングを終えた彼女に、「なあお前保健委員やったっけ」と聞いてみた。すると、

「ううん、違うよー」

へらへら笑いながらさらりとそんなことをのたまった。保健委員でもない生徒が勝手に治療してもいいのだろうか。そしてなぜコイツは我が物顔で保健室に居座っていたのか。あふれ出てくる疑問について考えていたら、いつの間にやら左手の薬指に違和感を感じた。
見るとはさも当然のことのように薬指にどこから出したのかわからないファンシーなピンク色っぽい柄物の絆創膏をぺたりと巻きつけていた。お前何してんねん。思ったままに突っ込むと、満足げにはただ笑って一言、

「んー、財前の未来を予約、みたいな?」

小首を傾げて言われてもわけわからんわ。俺に聞くな。軽い調子で言えるようなことではないのに彼女は依然としてへらへらとしている。突然とんでもない爆弾を投下してきたに対してとっさに俺が発することができた文句は、

「そういうんは普通男が女にやるもんとちゃうんか」

我ながら意味が分からない。しかしはそれを聞くなり急にぼっと赤くなって逃げるように保健室から走り去った。常日頃から数々の奇行を繰り返していてなおかつ今さっき恐ろしいことを口走っておいて何を今更恥ずかしがることがあるのかと疑問に思う俺を再びあのマネージャーの声が呼んだ。帰りが遅いのでどうしても心配で遠山を連れて俺を見に来たらしい。遠山は非常に不服そうにマネージャーを見つめ、やがて言った。

「なあなあ帰ろうや、財前元気そうやん、女の子にプロポーズできてまう程度には」

悔しいことに遠山に指摘されて自分がどれだけとんでもないことを言ったか気づく。今度は俺が赤面する番だった。ああ、明日からどないしよう。


左手薬指の絆創膏
title by ペトルーシュカ
誕生日遅刻した挙句電波な話でゴメンネ財前 / 素敵企画に二度目の参加です、ありがとうございました
(20120729 古森)
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