「ほんと、きみって大馬鹿野郎だね」
尊大な口調でやつは言った。ユウキのくせに生意気なやつだ。誕生日がわたしより一ヶ月ちょっと早いからっていい気になって、と口には出さずに毒づく。
わたしもユウキもハルカも早いもので受験生で嫌でも勉強しなくてはならない。ユウキはもともと優等生だし、ハルカは飲み込みが早いから、三年生になって受験間近になり授業をまともに聞くようになってからはめきめきと成績を伸ばしていった。しかしながらわたしはいかんせん成績が伸びない。まったく伸びない。勉強はしているのにどうにもならず、ユウキに泣きつき、こうしてユウキの家で勉強会をすることになったのだ。
「あのさあ、話聞いてる?」
いらいらしているのが目に見えるユウキ様がわたしの額を指でぴんと弾く。地味に痛い。ユウキの爪はやたら長い。女の子であるわたしよりも、ハルカよりも。
ハルカはやっぱりさっさとノルマをこなしてバシャーモと一緒に外へ飛び出していった。相変わらずアウトドア派な女の子だ。
「ねえわかってる?」
「すみませんユウキ様まったくわかりません」
「だから、ここはこうして、」
長い爪で問題集をぽんぽん叩きながら彼は説明する。なるほど、解き方はわかったような気がしないでもない。やったあ理解できたよ、と少しばかりはしゃいだら冷たい目で一瞥された。
「これは基礎中の基礎なんだから解けて当然。もっと難しいの解いてから喜びなよ」
ひどいやつだ。人間みなユウキのように賢いと思わないでほしい。次の問題に目を移しながら、無意識に黒いシャープペンでぐるぐる丸を描く。「気が散ってるよ」と目の前の天才くんは小言を言う。いいじゃないちょっとくらい。「理解できない自分にいらいらするから気を紛らすことも必要でしょー」反論したらまたデコピン。たしかに屁理屈めいていたけれど、ユウキという男はもっと女性に対する手加減を知るべきだとつねづね思う。身近にいる女の子がわたしとハルカじゃ、こうなっても仕方ないこともわかってはいるんだけどね。
「いいから集中しなよ」
苛立ちを含んだ声に諭される。あきらかにわたしを目下に見ているなお前。ぐるぐる描いた丸は自分でもかなり綺麗に描けたと思うけれど、ユウキは消せと言わんばかりにわたしを睨んでいる。はいはい消しますよ、これ以上ユウキを怒らせると彼はわたしだけでなくそろそろ帰ってくるだろうハルカにもお説教を始めそうだ。
おとなしく消すと、ユウキは呆れ半分で笑っていた。
「ぼくときみとハルカとでおんなじ学校行くって約束したろ」
ああもう無駄にかっこよくてむかつく。わかってますよばーか。わたしは問題集に目を落とした。むずかしい問題だったけれど、なんだか解けそうな気がした。


サイダーで深呼吸を


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