ホウオウが私をかの大火から救ってくださってから、もう何百年経っただろうか。あれからエンジュの人間達はホウオウと私達三匹の力を恐れ、やがて私を見る目が変わった。私達のずば抜けた力を私益のために使おうとする輩が現れたのだ。ホウオウも私達もこれには深い悲しみを覚えた。人間だって神話にも書き残しているだろうに、ポケモンと人間はもともとは兄弟のようなものだったと。ポケモンと人間の間に子を授かることも珍しくはなかったと。それほど人間とポケモンの結び付きは強かったはずなのだ。ただ寄り添い、共に仲間であったあの人間達の姿は、今はどこにもない。

「いつかは、現れるさ」

あれからホウオウは口癖のように、お一人でそう呟かれる。独り言というより、エンテイやライコウや私に語りかけていらっしゃるようにも感じられた。
「いつか、私達を仲間と認めてくれる人間が現れる。私はその人間を心から信頼するだろう。そしてその人間が死ぬまで一生守りきるだろう」
そんなとき、エンテイやライコウは生来激しく気性の荒いたちであったから、寄り添うだなんて生温いではないか、人間などもう二度と信頼してはならない、と口を揃えて言う。だがきまってホウオウは何もお答えにならず、優しい眼差しをただ私に向けてこうおっしゃるのだった。

「スイクン、ぬしにもいつか解る時が来るだろうよ」


***


それから幾百年が過ぎただろうか。私達三匹は、久しぶりにエンジュの地に降り立った。なんでも物好きなジムリーダーや私の追っかけがいるそうだ。私とて人間が好きなわけでも人間を信用しているわけでもないのだから、エンジュに来るのには気が引けた。エンテイもライコウも同じだ。だがホウオウの指示とあらば行かなくてはいけない。場所はよりによって、かの大火の起きた塔だった。修復も何も施されていない塔の地下に、私達はいた。
ふと上から声が聞こえた。若い男二人と、二人よりはいくぶん若そうな少女の声。話ぶりからして、男二人はジムリーダーと私の追っかけとやらで間違いなさそうだ。

「あいつら、俺達を捕まえに来たんじゃなかろうな」

エンテイがぼそりと呟いた。私もライコウも何も言わず、警戒心は緩めず上の晴れ空を眺めていた。
すると、何者かが地下へ続くはしごを下りてくる音がした。私達の間に一気に緊張が走る。

…現れたのは華奢な少女だった。傍らにはマグマラシを連れている。はしごを下り終わると、少女は真剣な眼差しで私達を見た。エンテイとライコウは敵意を丸出しにしているが、少女はそんなことにも気づいていないか、あるいは気づいていても気にしていないようだった。
「マグマラシ」少女の小さな声がパートナーを呼んだ。呼ばれたマグマラシは私達の気配と敵意に竦み上がりながら少女の目を見る。途端にマグマラシは安心したように力を抜いた。敵意も感じられない。一言だけでパートナーの気持ちを左右できたとは、あの少女を侮ってはいけないかもしれない。

少女はついに一歩ずつ私達に歩み寄ってきた。そこでエンテイとライコウが動いた。捕まえられることを恐れたのであろう、物凄い速さで塔を飛び出していった。少女は気にせずまた一歩私に近づく。私も少女に歩み寄る。何故か彼女の好奇心と憂いを湛えた瞳に惹かれ、逃げることができなかった。結局ははしごを下ってきたもう一人の男の気配に気づきやっと我に返って逃げ出したのだが、…あれは魔性の女だ。意識は彼女に惹きつけられたままだった。


***
ホウオウが彼女に捕まえられた、とライコウから聞いたのは私がカントーへ渡る寸前のことだった。ホウオウがずっと前からおっしゃっていたことは現実になったのだ。エンテイとライコウは戸惑いを隠せない様子だった。彼らは彼女から逃げつづけた。

私は迷っていた。あの塔で彼女と出会ってから、二度彼女に遭遇している(そのたびにあの追っかけとやらとも会うのだ)。何度となく彼女の瞳に惹かれたが、まだ彼女は弱いと自分に言い聞かせ、彼女から逃げ続けている。彼女と最後に会ったとき、ジムバッジを六つ手に入れているらしかった。彼女もじきにカントーへ足を踏み入れるだろう。それをわかっていて、私はカントーへ向かうのだ。捕まりたくないという意思と、彼女に惹かれ続けているなんとも言えぬ心持ちとの間で揺れ動いている。強くなった彼女を見て、私はそれを見極めようと思う。


***


ハナダの少し先の岬に、私は立っていた。途中海原からちらりと見えた彼女は明らかに強くなっていた。きっと腰のモンスターボールの中にはホウオウが入っているのだろう。
私はすべてを彼女に委ねることにした。私を捕まえたければ捕まえるがいい。そうでなければ倒すがいい。
彼女は案の定岬へやってきた。追っかけが私を諦めたと言う。彼女は改めて私と対峙した。

「スイクン」

涼やかな声だった。彼女のそばに立つバクフーンはおそらくあの時のマグマラシだろう。バクフーンは緊張しているようだったが、彼女はいたって落ち着いていた。

「私はあなたが大好きです」

好奇心と憂いを湛える瞳とぎこちない笑顔でそんなことを言われては…私は戦う気が失せてしまった。魔法にでもかかったようであった。ああきっとホウオウもこの瞳にやられてしまったのだな、という考えが頭をよぎる。さっさと私を捕まえるがいいさ。一生守ってやる。私は一声咆哮した。




きみをおもう





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