わたしは今、ひどく狼狽し困り果てている。
わたしの腕を掴んでいるのはざっと15人ほどいる俗に言う不良さんのリーダー格とおぼしき男子高校生。そして彼らの睨みつける先には、喧嘩人形という二つ名が来神高校はおろか池袋中に響き渡っている平和島静雄さまさま。あまりにも非日常すぎる展開に、恐怖するどころか困惑が隠せない。緊迫した空気の中、わたしだけが場違いのようにきょろきょろ辺りを見回し戸惑っていた。
思えば十分ほど前、不良グループにナンパされたのを断りきれなかった自分が悪い。校内でナンパっていうのもどうかと思うけど。そこに運が良いのか悪いのか、平和島くんに出くわしてしまった。それから、喧嘩スポットとして来神高校生のその手の人達の間ではそこそこ名の知れた空き地で互いに睨み合う今に至る。
双方共、動きはない。不良グループはどうやらわたしを盾に使うつもりのようだ。羽交い締めにされ、自由を求めもがくものの男女の力の差が顕著に表れてしまい、身動きがとれない。
「…知ってるか?」
それまで黙っていた平和島くんが声を発した。低くドスのきいた声に、不良グループはたじろぐ。わたしの背筋にいやな汗が伝った。
「女を盾に使う野郎ってのはな」
メキリ、不快な金属音と共に近くにあった標識が引っこ抜かれた。
「人間として最ッッッ低な野郎なんだよ!」
びゅん、と風を切る音のあと、バキリと骨の軋む音がした。わたしは思わず目を閉じる。平和島くんが標識をそこら辺に放り捨てる音が遠く聞こえた。今度は肉弾戦に持ち込むつもりようだ。
わたしの腕を掴んでいた手から急に力が抜け、わたしのすぐ後ろを風が吹き抜けた。嫌な予感がする。きっとわたしを掴んでいた相手が吹き飛んだのだろう。ヒトが殴られる音が鈍く断続的にわたしの鼓膜を震わせた。

何分目をつぶっていただろうか。鈍い音はいつしか止み、嘘のような静けさに辺りは包まれていた。と、
「おい、大丈夫か」
大きくて温かい手に揺さぶられる。目を開ければ、少し返り血で汚れた顔の平和島くんがわたしを心配そうに覗き込んでいた。
「なんかやなもん見せちまって悪い」
「ん?え、えっと、大丈夫だよ?」
わたしが想像していた喧嘩人形のイメージとは掛け離れた会話に、一瞬わたしは戸惑った。平和島くんってこんなに優しい人だったんだ。
「そ、それよりありがとう」
「ん?」
平和島くんは何故わたしに感謝されたのかわからないようだ。首を小さく傾げている彼の姿は、なんとなく雰囲気が大型犬に似ている。
「助けてくれて」
「いや、まあが困ってそうだったし」
平和島くんは曖昧に紛らそうとして、明らかに失敗していた。人と話すのが、もしかしたらあまり得意ではないのかもしれない。
…ん?
「え?今、わたしの名前…知ってたの?」
聞けば平和島くんはみるみるうちに赤くなり、顔を背けた。そして弁解するように付け足す。
「入学式んときから、見てた、から知ってた」
駄目だそれ、言い訳じゃなくて盛大な告白にしか聞こえない。
…真っ赤な顔でこんなことを言われちゃあ、ときめいてしまうのは不可抗力みたいなものでしょう?



初恋メロウ






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