「千石、わたしすっごいこと思いついた」

ジャムパンにかぶりつきながらわたしは言う。世紀の大発見にもはや表情など作っていられない、よって真顔のまま。対する千石はパックのストローをくわえて、また何かどうでもいいことに違いないとでも言いたそうな冷めた目をしている。

「何よその目」
「昔っから、がそうやって真顔で話し出すとロクな話題じゃない」

失礼なやつ。薄皮のジャムパンは添加物の味がした。それを飲み込んで、こんな態度を取っておきながら世界中の女の子すべてを愛しているだなんてうそぶく千石をじろっと睨みつけた。あるいは彼の言う世界にはわたしは女の子として存在していないのかもしれない。千石は相変わらずどうでもよさそうにジュースを飲んでいる。かまわずわたしは続けた。

「千石ってラッキーマンじゃない」
「そうだね」
「だからあんたが宝くじ買ったら当たるでしょう」
「それだけ?」

それだけって何さ!世紀の大発見じゃないか!くじの公平性を一切合切無視して大金を手にすることができるなんて最高じゃないか!熱意をこめて語るわたしを白い目で見ながら千石はため息まじりに言った。

「仮に宝くじで一億円当てたとしたって、何を買うのさ」
「あんた、欲しいものの一つや二つないの」
「ないわけじゃないけど…」

けど、何だ。その先は何も言わずに彼は視線を泳がせた。中身をすっかり飲みきってしまったらしい彼のパックがべこんとへこんだ。何が欲しいのか言っちまいなよ、と言うと彼はますます不機嫌そうに顔をゆがめた。女性が対象ならば博愛精神にみちあふれている彼にここまで嫌そうな顔をされる女は世界中どこを探したってわたししかいないだろう。なんとも不名誉な特別感だ。

「それだけお金があったら何でも手に入るんじゃない?」
「ほんとうに?」
「…あー、でも無人島とか、高すぎるものは買えないと思うけど…」
「ほんとうに、ほんとうに、何でも手に入ると思う?」

千石のどこか鬼気迫る声にわたしは何も言えなくなった。この男の焦燥感は どこからきているのだろうか。わたしには皆目見当もつかない、いや、ついているのかもしれない。机一つ挟んで向こう側に座っている千石は、見たこともないほど必死で、そして悲しそうな顔をしていた。

「俺がもし一億円出したら、は俺のものになってくれるの?」



心臓に悪いナイフ





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