エスパータイプやゴーストタイプのポケモンがひしめくこの塔のてっぺんで、わたしは何をするでもなくぼんやりと突っ立っていた。どこからともなく雲が湧き出してきて、曇天というよりも霧の中にいると形容するほうが正しい状況である。目の前には大きな鐘があった。それを鳴らすためにここまでやってきたのになぜか勇気が出ない。傍らのシャンデラは寒そうにぶるっと震えた。そういえばはじめてNと会ったのはここだったよね。問えばシャンデラは小さく頷いた(ように見えた)。聞いた話では、彼はもう一人の英雄に敗れ、伝説のポケモンと共に旅に出たらしい。

「会いたいねえ」
ぼそっと言うと、シャンデラがさびしそうな鳴き声をあげた。
「そっか、あなたともここで出会ったのよね」

Nがまさに鐘を鳴らさんと歩み寄ったその瞬間、わたしは塔のてっぺんにたどり着いた。そのほんの少し前に捕まえたヒトモシを連れて。臆病なヒトモシは(図鑑を見るかぎり、彼は控えめな性格のはずなのだけれど)Nの姿を見るなりすくみ上がり、わたしの足の陰に隠れていたっけ。わたしは彼の若葉色の髪とくすんだ色の目に惹きつけられ、言葉を失った。ヒトモシは今じゃあバトルサブウェイでも向かうところ敵なし、くらいの勢いで敵を倒していく頼もしいシャンデラに成長したし、わたしだってそのあとジムバッジを8個集めて四天王にも勝ち抜いた。あいにくチャンピオンにだけはまだ勝てていない。
風が吹く。腕や脚に張り付いた霧を風が撫で吹き飛ばしていく。わたしは身震いした。冬のわりには薄着すぎたかもしれない。寒さに耐えかねシャンデラを抱きしめる。彼は甘えた声で一声鳴いた。

「あなたのことばが理解できたらいいのに」

Nのように。言葉にしなかったこともシャンデラは感じ取ったらしい。何も言わず、黒く細い腕でわたしの手をぽんとたたいた。その時だった。

「君にだけ伝わらないなんてずるい」

明瞭でどこか寂しげな声と背後からの温もりがやってきたのは。わたしは振り返らなかった。否、振り返れなかった。あまりに驚いたのと、気が抜けてしまったのと、初めてNを見たときのあの気持ちがよみがえってきたのとで、それまで封じていた思いが息せき切ってとめどなくあふれてきた。こんな顔をあの人にさらしてたまるか。背後のNは静かに、ただいま、と言った。遅いわよばか、と罵倒しようとしたのに、声にならない。シャンデラがかわりに不満げに鳴いた。じつは言葉がなくても通じ合えてるのね、わたしたち。



おんなじ心かしら
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