イメトレだけは完璧だった。朝家を出て空港に向かうまでの道のりでは、あいつをどうやって励ますかとかどんな気の利いた言葉で迎えてやろうかとか、そういうことを練りに練って、ばっちり明るくリュウジの帰国を笑顔で迎えよう。と、思っていた。妙に気持ちよく晴れ渡った日のことだった。

しかし現実にはわたしの涙の蛇口はいとも簡単にゆるんでしまって、帰国ゲートから出てきた抹茶色をみた瞬間にぼろぼろ、涙が出た。気の利いた冗談も励ましや労いの言葉も何一つ出せずにボロ泣きするわたしは、幸か不幸かよく目立つ目印にはなったらしい。出てくるなりすぐわたしの姿を認めたリュウジはまっすぐにわたしのところへ歩いてきた。その姿を見ながらも、こんなところで泣いちゃだめなのに、わたしが笑ってあげなくちゃいけないのに、元気づけてあげなくちゃいけないのに、どうしようもなく涙が溢れ出し零れ続けてわたしの足もとの床に跡を作る。
そんなわたしと向かい合うリュウジがこぼした言葉もまた、普段のような陽気な挨拶でも冗談でもなかった。

「なんで泣くのさ」

リュウジは泣きそうな笑顔でわたしの頬に触れた。まったくもっともな話だ。わたしが号泣する理由なんてまったくないとは言わないが、でもやっぱりわたしよりもリュウジのほうが泣きたい理由が多すぎるはずだと思う。わたしは自分の口を自分の手で塞ぎ、泣くのをやめようとする。しかしその努力もむなしく、何もとめることができずにただただ嗚咽ばかりが漏れ出る。

「だって、リュウジが、代表落ちたって、聞いてわたし、すごく悲しくて、それで、それで…」

頭の隅では冷静に、せめておかえりって一言言いなさい、と理性が告げているのに、口からこぼれ出るのは言い訳じみた言葉ばかりだ。泣きたいのはリュウジなのに。リュウジの涙を受け止めてあげようとしたのに。ああやだやだ、涙が止まらない。涙よ止まれ止まれ、帰ってきたリュウジに笑顔でおかえりって言わなきゃ、言うって決めたじゃないか。
啜り泣きが号泣に変わりわたしの肩が大きく震え出した。目の前のリュウジの顔も涙で霞んでろくに見えない。空港を埋め尽くす人達の目がちらほらこちらへ向いている気がした。知らないまなざしに射竦められながらパニックのあまり過呼吸になりかけたわたしの頭に、ぽん、と軽い感触。

「え」
「ありがとう」

わたしが呆然としている間に、リュウジの指がわたしの目に溜まりに溜まった涙をやさしく拭い去る。鮮明に映る世界の中でもリュウジはやはり悲しそうな笑顔をしていた。その顔を見たとたんまたわたしの視界がどんどん潤んでいく。リュウジから次に与えられた言葉は今まで彼がもたらした何よりもやさしかった。

「俺のために泣いてくれて、ありがとう」

よく見ればその瞳は潤んでいる。それを知ってしまったらいよいよもう何もせき止めることなど不可能だった。大勢の人達の視線など知ったことか、わたしはリュウジにぎゅっと抱き着き、

「おかえりなさい」

これがリュウジの望んでいた出迎えだったのか、彼が傷つかない言葉だったのか、彼が求めていたものだったのかはわからないけれど、わたしがそう言うなり抱きしめたリュウジの肩が震え出した。それを抱くわたしの肩も同じように震えている。

空港のガラス張りの窓から見える空はどこまでも続く青色をしていて、きっとライオコット島も晴れてるんだろうな、なんて考えた瞬間また泣けてきた。この同じ空の続く先で、彼の思いを背負って戦っている仲間がいる。彼がどうしても立ちたかった舞台がある。現実はどうにも残酷なのに、その事実はなぜかどこまでもやさしいものであるように思われた。彼らにとっては希望の青かもしれない空は、わたしたちにとっては涙の青色をしていた。たったの二人分の嗚咽がたくさんの人込みの中でやけに響いている。


空色


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