わたしって、そんなに女っ気ないかしら。サザナミのコバルトブルーの海に泳がせたパートナーのアバゴーラの上でビレッジブリッジ名産のサンドイッチにかぶりつきながら(週末は必ずこのサンドイッチをアバゴーラと一緒に食べるのがわたしの習慣になっている)、わたしはふとそんなことを思った。旧友のカミツレやサザナミタウンで出会った遠いシンオウ地方のチャンピオンなんかはスレンダーで美人で近寄りがたいくらい眩しい女性だ。いっぽうわたしはといえば背は低くて童顔でお世辞にも派手で目を引くタイプだとはいえないいたって普通のどこにでもいる女。おしゃれにあまり興味はないし、考えることは一にポケモン、二にポケモン、その次に食事と睡眠、見た目を気にしようなどと思ったことはそうそうない。とても妙齢の女性とは思えないよとアーティさんには苦笑いされた記憶もある。自分でもそうは思うけれどいつも一緒にいる相手が相手なだけになかなか自分磨きなどやる気が起きない。 *** 「ただいま」 「おかえり、楽しかった?」 「まあ、そこそこにはね」 家の扉を開けるなりいい年して満面に子供っぽい笑みを浮かべて飛びついてきたこの男がわたしが女らしからぬ女たる由縁である。名前はクダリ。双子の兄と一緒にバトルサブウェイのボスとして日夜バトルに明け暮れている、わたしの幼馴染であり今のところ同居人である。そんなクダリに抱きしめられてそろそろ酸欠になりかけたところで、部屋の奥からクダリの兄であるノボリの「クダリ、もうおやめなさい」という声が聞こえた。聞くなりクダリはパッとわたしを解放し、廊下でパートナーを探すシビルドンのもとへと駆けていった。廊下を走るとノボリに叱られるよ、とその背中に呼び掛けてみたが、おそらくは聞いてもらえていないだろう。 「おかえりなさいまし」 「ただいま。クダリ、何かあったの?やけに機嫌悪いじゃない」 「…貴女は相変わらず鋭いですね」 わたしがまあねと冗談めかして笑うとノボリは廊下の隅をちらりと見やった。デンチュラやシビルドンに囲まれてこそこそとこちらの様子を窺っているクダリが見える。本人はあれで隠れているつもりなのだろうけれど、周りにいるのが図体の大きなポケモンばかりなので隠れるどころか悪目立ちしていた。クダリは自分の悪口を言われているのではないかとはらはらしながらこちらを見ているようだった。 「…クダリ、バレてるよ」 「えっ嘘だあ!」 「本当だって」 ぶうぶう言いながらポケモン達の輪の中からクダリが出てきた。ノボリは遠くでキッチンタイマーの音が鳴るなり慌てて台所へと戻る。少し寒さの残る家の廊下には、気まずい雰囲気のわたしとクダリの二人っきりが残された。 「何かあったの」 「が消えちゃう夢を見た」 「夢?でも朝は元気良かったじゃない」 「…挑戦者が全然来なくって暇だった時間にちょっぴり寝たの」 「クダリ、仕事中に寝ちゃだめだってば」 「ノボリにも同じこと言われた」 「そうでしょうとも」 「それだけじゃなくてね」 クダリは灰色の目を悲しそうに伏せながら言いにくそうに口をぱくぱくと動かすも、その口から声が出ない。出来るかぎり優しく、どうしたのか無理しないでいいから言ってほしいな、と促す。クダリと暮らしているとベビーシッターにでもなったような気分になる。クダリがようやく口を開いて言ったことには、 「僕はに釣り合わないかな」 「どうしてそんなこと思うの?」 「トトメスが、は大人っぽいから足引っ張らないようにねって」 トトメス…あああの、サブウェイで働いている鉄道員の。何度かうちのクダリがお世話になってます、とか冗談交じりにノボリとクダリのいる事務室まで挨拶に行ったことがあったっけ。そのときわたしと一番意気投合したのがトトメスとキャメロンで、確かトトメスはカタコトじゃなかったほうの人かな。若干皮肉っぽい冗談だと思うけど、言うとクダリはそれでもしょんぼりと肩を落としていた。 「は僕のこと迷惑に思ってない?」 「迷惑に思わないことはないけど、それもまた愛嬌じゃないの」 「や、やっぱり迷惑なんだ…!」 いよいよ彼の灰色の目に涙が溜まりかけてきたので、いい年した大人の男をこんなくだらないことで泣かせてたまるかと吹き出しそうなのをこらえてわたしはにっこり優しい笑顔を作って「クダリのこと嫌いってわけじゃないのよ」とクダリの頭を撫でる。クダリは少しの間はされるがままに押し黙っていたけれど突然わたしの手首をつかんでわたしを自分の方へ引き寄せた。急なことに反応が追い付かず、わたしはクダリの腕の中に倒れこむ。驚いたからなのか、心臓が早鐘のようにどくんどくんと脈打っているのが自分でもわかった。 「嫌だよ、のそういう言い方」 頭上から降ってきた彼の声がいつもより少し大人びているように感じられて、一瞬これはノボリなんじゃないかと疑ったけれどどうやらそんなことはなさそうだ。もう驚きの波は過ぎ去ったはずなのに、心臓の鼓動がうるさくてかなわない。 「僕はが好きだって、何年も前からずっと言ってるよね。でもはぜーんぶなかったことにして、僕のこと子ども扱いしてるよね」 「う…」 情けない声を漏らすことしかできなかった。クダリの鋭い言及に対しては言い逃れのしようがなかったのだ。もうずいぶんとわたしよりも背が伸びて、わたしをすっぽり腕の中で包み込むまでに成長したクダリはもう子供ではなかった。心の中でノボリに助けを求めても、彼はこのことを知っているのかいないのか、どちらにしたって助けに来てくれそうにない。うるさい心臓は驚きのせいだけではなさそうだと今更気付く。 「」 「だって、わたしじゃクダリに釣り合わない」 「僕だってに釣り合わないと思ってるけど、それでもそういうのなかったことにしたいくらいには君のこと好きだよ」 「わたし女らしくないってアーティさんに言われたし、自分でもそう思ってるし」 「君やほかの人がそう思ってても僕はが世界一かわいくて女の子らしいと思ってる」 逃げても逃げても先回りされて、袋小路に追い詰められている気分だった。 「、好きだよ」 「…ばか」 小さく罵声を浴びせるほかにはこの子供じみていたはずの男に抵抗する手段は残されていないように思えたのに、クダリはにっこり笑って「知ってる」なんて言うものだからますます心臓の音がうるさくなって、アドレナリン放出過多とかで今なら死ねるんじゃないかわたし、なんてどこかで冷静に考えている自分がいることにあきれて、ああもうどうしたらいいかわかんない。 ふくろのなかのねずみのように title by 金星 |