!壮年の女性提督です。恋愛要素はありません。





「テートク、戦果Resultがあがったヨー! ただいま帰りましたネー」

はつらつとした声と共に扉が勢いよく開けられる。入ってきた少女は、わたしの顔を見るや否や腕の中に飛び込んできた。ぎゅうっときつく抱きしめられ、彼女の体から漂う潮の香りと、それにうっすらと混じる硝煙と鉄のにおいが鼻腔をくすぐる。

「いたた、金剛、ちょっとはこちらの年齢も考えてくれないかしら」
「Oh,Sorryテートク、テートクはいつも元気だからちょっと勘違いしてしまうネー」

謝る気があるのだかないのだかわからないが、金剛はわたしの体を解放する。さらさらの栗色の髪に象牙の肌、くりっとした瞳の愛嬌のある顔がしゅんと落ち込んだような表情を形作る。こんな可憐な女の子があの超弩級戦艦・金剛型一番艦の金剛だと聞かされた時はさすがに耳を疑った。なつかしい記憶に、べつにそこまでヤワな体でもないのよ、と口元が綻ぶ。

舞鶴鎮守府の提督を続けてもう何十年になるだろうか。ここに着任したときにはまだ新米も新米の小娘で、女性提督の珍しかったあのころは好悪さまざまの視線にさらされたっけ。資材が足りない、人手が足りない、とぎゃーぎゃー騒ぎながらそれでもなんとか鎮守府を回していたあのころがなつかしい。今ではわたしの肌にもいくつか皺が刻まれ始め、軍服に下がる勲章の数も増えた。女性提督の数も増えたと聞く。もうあのころとは何もかもが違うのに、この目の前の少女は何もかも変わらないでいるようだった。

思えば弱小鎮守府に最初にやってきた戦艦はこの子だった。妙な訛りの混じる堂々たる超弩級戦艦の彼女に、駆逐艦や軽巡洋艦ばかりのペーペー鎮守府は大きな衝撃を受けたのだった。なぜだかわからないが金剛はへっぽこ提督だったわたしのことを最初から一番に慕ってくれて、大変な時でもいつも元気で笑顔で、いつのまにかわたしもそんな金剛と過ごす時間が長くなっていったのだった。わたしの右腕はずっと金剛だ。

「テートクは私達と勝手が違うみたいで難しいデス」
「まあ、あなたたちみたいに海の上を駆けまわったりはできないわね」
「当たり前よ、テートクは私達みたいなBattleShipじゃないんだからネー」

最近金剛がこんなふうに少し物寂しそうな目でわたしに笑いかけることが多くなった。理由ならわかっている。
少しずつ全盛期から衰え行くからだはニンゲンのわたしにはどうすることもできない。あのころのように若さにまかせた無茶な行動ももうできない。無茶苦茶だったけれど、最終的にはなんとかうまくいった、あんな作戦はきっと今の固い頭じゃ立てられないのだろう。ほら、すぐに燃料や弾薬の節約のことばっかり考えてしまうのだから。ちゃんとスキンケアしなきゃだめですよ〜なんてどこぞの艦娘に言われたような、そうでないような。軟骨にはナントカっていう成分が大事なんですよって、鳳翔が苦笑していたような。彼女たちのように死地へ出ているわけでもないのに、わたしのからだはゆっくりと死に近づいている。

「テートクは、他のテートクみたいに、私に指輪、くれたりしないの?」

いつも一緒にいるのに、いつだったか金剛はそうぽろりとこぼした。ケッコンカッコカリ、なんて名前の付いたばかげたシステム。わたしなんかとケッコンしたいの。聞けば彼女はそうだと言った。まだわたしの肌にハリがあったころの話だけれど。
わたしにはその指輪で彼女を縛ることはできなかった。わたしと彼女は違うから。昔はおなじ少女で、おなじ未熟者で、おなじように何もかもわからず走り続けていたのに。

「……テートクは、私達より早く死んでしまうのデスネ」
「そうね」
「寂しいデース」
「そう言ってくれる人がひとりでもいて良かったわ」

……テートク、大人になってズルくなりましたネ。金剛は恨みがましそうに言った。あとどれくらい、この子と一緒にいられるのだろう。鍵のかかった引き出しの中に仕舞い込んだ金剛石の指輪を想って、いい年して鼻がつんとした。




たとえるなら金星と地球くらい

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