「大きくなったね」

マスター、あなたはわたしが進化して帰ってきたとき、いの一番にそう言った。それを聞いたわたしは突然巨大になったこのからだに泣きたくなったものだ。ああ、ああ、もうわたしはあなたに抱き上げてもらうことができないほど大きくなってしまったのに、わたしにはあなたを抱きしめられる腕がないだなんて。自分がこれほど嫌になったことは一度もなかった。むしろ自分には誇りを持っていたほうだった。それなのに。涙腺のないわたしは心の中でさめざめと泣きつづけた。

「泣くのはおやめよ、キングドラ。きみが手に入れた強さははかりしれないのだから」
「ええ、あなたはそう思うでしょうね、あなたにはわたしの苦しみなんて、女心なんてわからないのですもの」
「…キングドラ、きみはほんとうにばかな女になってしまったんだね」
「なんとでも言うがいいわ、ウィンディ。あなたは強さばかりを追い求めているからわたしの悲しみを理解できないに違いないわ。そうは言ったってわたしは悲しくて悲しくてたまらないのだから」
「キングドラ、何度言ったらわかるんだい」
「放っておいて頂戴」

あの犬はしょっちゅうわたしを宥めようと声をかけてくるのだけれど、あんながさつな犬っころにわたしの気持ちがわかってなるものですか。あの犬はマスターが悲しんだらわたしにばかり構うようになるのだと、自分は見向きもされないのでひないかと、それだけを恐れている臆病者なのだから。

「キングドラ、最近元気がないね」

マスターはある日不意にわたしに言った。それはとても淋しそうな声と顔で放たれた言葉だった。わたしはいつも底抜けに明るいマスターからは想像しがたいほど落ち込んだ様子のマスターに驚き、また悲しみを覚えた。マスターがわたしが悲しむことを悲しんでいるのなら、それはすべてこの大きすぎるからだのせいなのだわ。だってわたしは大きくなりすぎたことに悲しんでいるのだもの。

「キングドラ、君はいったい何が悲しいんだい」

何って、すべてが。この大きくなりすぎてしまったからだが、泣くこともできない自分の瞳が、あなたを抱きしめることのできる腕がないことが。伝えられたらどんなにか楽なのでしょうね。わたしたちの気持ちだけは、あなたにはどうやったって伝わりっこない。神様はどうして不平等に言葉を分け与えたのかしらとわたしたちは嘆くことしかできない。

そんな悲しいわたしの心中を察してか、マスターは道端の草むらに腰を下ろして、わたしにも隣へ来るよう言った。マスターの眦は少しだけ下がっていたけれど、マスターはそれでも笑顔でいたから、失礼な話だけれどなんだか不格好な笑顔だった。マスターはしばらく何も言わないでじっとわたしを見つめていた。その時間が永遠のように長かったのか一瞬のように短かったのかはわからない。やがて彼は、ふっと笑いながらこう言った。

「君はもしかしたら、進化したことに戸惑っているのかな」

びくっとからだが跳ねたのがわかった。図星みたいだね、とマスターは先程より悲しくはなさそうに笑う。言葉が無くても汲み取ってくれるからわたしはこの人を選んだのだ。

「君を進化させてからずっと考えていたんだ」

マスターは言った。目の前をポッポの群れが飛び去った。

「君は甘えたさんだっただろ、それが急に大きくなってしまって、ショックだったんじゃないかってね。当たり?」

わたしは頷いた―正確に言うとからだを前後に動かした。残念ながらわたしのからだには首と呼べる部分が存在しないのだ。

「そうか、やっぱりね。でも大丈夫だよキングドラ、僕だって男なんだから」

男だからなんだというの。あなたが腹を括ったところでわたしは嬉しくなんてないわ。

「僕はまだ子供だし、小さい。だけどあと五年もしてみなよ、君なんか抜かしちゃうくらい大きくなってみせるから」

…だからそれまで、待っていて。ふわりと笑んだマスターの横顔は10代前半の少年らしからぬ大人びた顔だった。ああわたしはウィンディに謝らなくてはいけないわね、と頭の片隅で小さく自嘲した。





僕だけのお姫様へ








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