なんでおまえがそんなに泣かなきゃいけないんだよ、風丸は苦笑いでいつもわたしを見下ろす。たいていそういうときには彼のどちらかの膝から血が流れていたり足首をひねっていたりして、それを見たわたしが半狂乱で救急箱を取りに行く。雷門サッカー部ではわりとよくあることだったし、「おいおいまたやってたのかよ」とまわりの部員たちもあきれるだけであまり気には留めない。しかしながらわたしにとってそれがいかにおそろしい出来事であったか。風丸がけがをした!それだけでわたしはパニックでどうにかなりそうなのだ。
べつに風丸と幼馴染であるわけでも、彼と過去に何かトラウマになるようなことを体験したわけでもない。ほかの部員、円堂や染岡みたいに殺しても死ななそうなメンバーだけでなく少林やマックスみたいに意外ともろそうなメンバーが相手でもこの現象は起きない。つまり対風丸さん限定のレアイベントなんですね!とは音無春奈の言葉だ。それについて部員の誰も、当事者の風丸やわたしも否定はしない。

、お前なんでいつも泣くんだ?」

この間突然問われて、驚きのあまり消毒液を勢いよく傷口に向かって噴射してしまった。小さくうめいて涙目で顔を歪める風丸を見るなりまたわたしの目に涙が溜まる。ああごめんねごめんね、震える声で謝ると、別に平気だよと優しく言われた。風丸はどこまでも女の子に甘い。

結論から言うと、その後三日間その問いに答えることはできなかった。わたし自信不思議に思っていたし、その答えはまだ見いだせていなかった。頭がいいと評判の鬼道や豪炎寺には何度聞いてもにやにやと意地の悪い笑顔で「それは自分で考えなきゃだめだろう」と言われるだけ。円堂は人の心の変化とかに疎そうだから論外だし、染岡や夏未や後輩たちは顔を若干赤くして逃げてしまう始末。半田やマックスはあきれたように首を振る。まったく薄情なんだから、とこぼせばあの秋ちゃんですら「それはちゃんが気づかなきゃ意味がないことだと思うけどなあ」と一言。

「ただひとつ言えるのは、そうですね、風丸さんだけにしかそう思えないってとこがポイントだってことです」

そう春奈に助言されたの、と涙声で傷の手当てをしながらわたしは風丸に報告する。はい、できた。今回はドリブルで切り込んでいったところでDFと正面衝突してしまって出来た擦り傷だった。痛々しいそれをガーゼとテープでふさぎこんで見なかったふりをする。涙は乾いた。頬がかぴかぴとして変な感じがする。

風丸はいつもとは違って、処置が終わったのにぼんやりとベンチに座ったままだった。足に力が入らないほど重傷だったのかとまた泣きそうになるわたしを見て、彼は「そういうことじゃないんだ」とわたしの頭を撫でた。

「…、俺は本当はあの答えを知っているんだ。俺だけじゃない、きっと部員みんなわかっている」

お前だけだよわかってないのは、言いながら風丸はゆっくりとわたしの顎を持ち上げた。赤い片目が近づいてくる。うるさいくらいに響く円堂の声がひどく遠かった。そのときわたしと風丸の間で何が起こっていたのか、風丸だけじゃない、きっと部員みんなわかっている。


発端はきみのくちびる





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