あーつーいー!叫びながら甲斐の家の畳にスライディングで寝転ぶと、甲斐はほんと、やーってふらーだなと見下すように笑った。どかっと腰を下ろす甲斐のもわっと広がる髪の毛、きっちりかぶった帽子、すべてが暑苦しい。こんな恰好でよくテニスができるというものだ。 沖縄は毎年の例にもれず今年もまたじめじめと蒸し暑かった。中学入学とともに沖縄へやってきたわたしは木手永四郎という男に懐き、それにつれて甲斐や知念や平古場とも接点が増えていった。中でも一番仲良くなったのが甲斐だ。単純に三年間ずっと同じクラスだからなのだけれど、甲斐は犬みたいで放っておけないし何よりいいやつだ。女の子たちの間でひそかに人気があるのにもうなずける。何度彼女たちからのラブレターを甲斐に渡す羽目になったのかも数える方が無駄だと早々とあきらめてしまったのでもう覚えてすらいない。 「誰がバカだって、ええ?」 「やーもうちなー弁少しやわかるようんかいなったんだな」 「毎日四方八方から聞かされりゃバイリンガルにもなるわ」 「相変わらずいーよーきついな、やーは」 セミが狂ったように鳴き叫んでいる。うるさい。甲斐のもっさりした髪の毛が果てしなくうざい。きちんと制服を着ているわたしと違って甲斐は先ほどまで練習をしていたためジャージ。しかもノースリーブ。そりゃあ涼しい顔していられるだろうよ。暑すぎてこの世のすべてに殺意がわいてきた。 「っていうか、甲斐は暑くないの」 「暑いんかい決まってるだろ」 「じゃあそのもっさりした帽子と髪の毛どうにかしなさい」 「なんで?」 「視覚的に暑いんだよ!」 叫んで甲斐に飛びかかると彼は「は?」と間抜けな声をあげつつもするりと身を翻して避けた。バランスを崩してわたしは畳に倒れこむ。この野郎無駄に戦闘力だけは高い。 「な、何するんばあよ」 「それはこっちのセリフだってば」 そこで甲斐はようやく畳の上に無様に倒れ伏すわたしに気がついたらしく、ぷっと吹き出した。笑ってないで何か言うことがあるだろお前ってやつは!若干失礼な態度をとっても許せてしまうから甲斐という男は末恐ろしい。持って生まれた才能だろう。 「笑ってないで、何か言うことがあるんじゃないのかい甲斐君」 「ああ、うん…は?」 どうやらこの大馬鹿野郎(平古場に言わせると、じゅんにへたれでふらーな奴、だそうだ)の思考回路には倒れゆくわたしを抱きとめもせずそのままびたんと畳に着地させたことに対する謝罪をしなければならないな、という選択肢すら存在していなかったようだ。へたれかどうかは知らないが、とりあえず甲斐が馬鹿だってことに関しては平古場に同意しておこう。 「え、何、こないだやーの菓子わんが食べたこと?」 「あんた勝手になんてことしてくれてたんだこの野郎」 「じゃあ教科書の一ページだけ不自然にしわしわにしちゃったことか」 「知らないうちに散々な目にあってたんだなわたし!」 だめだこいつ何一つわかってない。目の前の甲斐によって過去にわたしに起きた不幸な出来事たちの元凶がほとんど甲斐自身であったこどがぼろぼろと明かされていく。 「いやいや甲斐君、そんな過去の罪状を告白されても困るんだけど」 「ああ、この帽子がむかつくとかさっき」 「話聞けよ」 「ん?あらんぬ?あ、ああ、あれか」 わたしの顔からふいと目をそらしてあらぬ方向を見ながら、甲斐はぽんと手を打った。何か思いついたようだ。どうせろくなことじゃないんだろうから期待はしない。と思っていたら、 「じょーい前からかなさんだったよ、」 こいつ、とんでもない爆弾投下しやがって…! ※ワンダーランドでは常識です 呆然として真っ赤になったわたしが苦し紛れの照れ隠しに甲斐の帽子を強引に取ってみると見たこともないほど赤い顔をした彼がそっぽを向いていたことを知っているのは、わたしだけでいい。 material by 0501 |