※一之瀬×秋前提です



木野秋には、いわゆるヤマトナデシコって言葉がお似合いだと思う。いつも一歩身を引いてサッカー部のみんなを陰から支えていた。夏未には高貴な近寄りがたい美しさが、春奈には親しみやすいかわいらしさが、冬花にはどことなくミステリアスな魅力があるけれど、選手のみんなのことを、円堂のことを気にかけて、くるくる仕事をして回る秋の姿は誰よりきれいだった。少なくともわたしはここ10年ほどそう信じてやまないし、実際のところ当時秋はかなり男子から人気があった。彼女に思いを寄せる者は少なくなかったけれど、秋の心はつねに円堂のものだった。秋に報われない恋心を抱いたのはなにも男子ばかりではなく、わたしも彼女に惚れ込んでしまったばかなやつの一員であった。




「俺、夏未と付き合うことになったんだ」

円堂がそう告げた日のことをわたしは忘れられない。秋はやっぱり、というあきらめと一抹のくやしさとさびしさのにじんだ顔で、それでも笑顔をどうにか繕ってにっこりと「おめでとう」を彼に告げたのだった。相変わらずのニブチンだった円堂は秋からの想いについぞ気がつくことはなく、じつに幸せそうな顔でありがとうなんてのたまったのだ。円堂のサッカーに惚れた自分でもこのときばかりが腹が立って、でも秋の気持ちを無下にしたくなくて、ぎゅっと手を握りしめて耐えた。握った手のひらからは少しだけ血がにじんでいた。

その日、秋はやっぱりひとりでこっそり泣いていた。わたしが話しかけると最初は強がっていたが、だんだんと弱気になっていき、最後にはわたしにしがみついてしゃくりあげはじめた。ほんとは夏未さんより前から好きだったのに、わたし何も言えなくて、それで、それで……。長い間押し込めていた言葉があとからあとからあふれた。彼女がどれだけ円堂を好きだったのか思い知らされると同時に、この機に乗じて彼女をものにしてしまおうか、なんてずるい考えが頭に浮かんでしまう自分に吐き気がした。抱きしめていた秋からは見えなかっただろうけれど、そのときのわたしは何よりも醜い顔をしていたと思う。

ひとしきり泣いた後、彼女はまたにっこりせつない笑顔でわたしに言った。
「わたしみたいに臆病になってちゃだめよ。さんの好きな人、わたしは知らないけど、でも好きって言わなきゃ後悔するわ」
このわたしの失恋でちゃんと学んでよね、とどこで覚えたのか皮肉めいたいたずらっぽい一言はなにより重たくわたしにのしかかった。この想いを口に出してしまったら、もうこうやって秋を抱きしめて慰めることはかなわないだろうと思うと、いくら秋の頼みでも、それにだけは従えなさそうだった。




それから10年経ってもなんだかんだでわたしと秋は友人としてそれなりに近くに居続けた。わたしが彼女以外の人を好きになることも、わたしが彼女に想いを告げることもなく。その長いようで短い間に、彼女の心はふたたび別の男に奪い去られてしまった。

その一之瀬一哉という男はとにもかくにも諦めの悪い粘り強い男である。事故で脚を壊そうともサッカーを続け、けっして振り向かないだろうと思われていた彼女を何年もかかってついに振り向かせたのだから。その間ずっとわたしをよき相談相手として、アキがどうだったとか、どんな話なら喜ぶとか、いろんなことを聞いてきた。やっぱり不毛なのかなあ、なんて言われた時には泣きそうになりながらアドバイスをした。なにが不毛だ。男である一之瀬が羨ましくて仕方がなかった。こういうところで嫉妬しかできないあたり、わたしはあのときの秋と同じ臆病者のままなのだ。




『つぎにアキに会うとき、指輪を渡そうと思うんだ……応援してくれるよね』
「一之瀬くん、当分アメリカを離れられないみたいだし、移住するのも一応考えてるんだ」

幸せそうなふたりの言葉に板挟みになりながら、今日もまだ諦めきれないわたしはじっとこの想いにふたをする。



やすらかにかなしく死ね





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