「なあ知ってるか、アイツが片思いだってよ!」




女というものは俺のデータではたいてい話題の中心人物に話を聞かれることのないよう距離をおいて取り巻いているだけの生き物であると思っていたが、不覚だったか、幸村はそのデータには当て嵌まらなかった。その旨を精市に話してみても、俺の妹はほかのおバカさん達とは違うからね、と冗談とも本気ともとれる意味深な一言しか得られない。まあ俺が今まで出会った女にこのデータから漏れる女がいなかっただけのことかもしれないが。そして何故俺が幸村について延々と考察しているのかといえば、彼女の想い人が俺の可愛い後輩である切原赤也だからだ。このことが精市に知れたら…放任主義とはいえ妹にベタ惚れな精市のことだ、赤也がどんな目に合うかはなんとなく想像がつく。俺悪くねーし!そう言って彼はまた機嫌を損ねるだろう。そうなったらのこの恋における成功率は0.5%にまで暴落するのも予測済みだ。親友の妹をシスコンな兄のせいで不憫な目に合わせてしまうのはあまりにも可哀相だ。そうならないためにも、半分は興味本位で俺はの力になりたいと思っている。


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小さな頃からほかのばかな女達とは一線を凌駕していたは俺が今のところ世界で一番愛する女性だ。女らしいかと聞かれたら答えはノー。正直なところ壊れ物のようなか弱い守ってあげたくなる女の子からは程遠い。それでも彼女は機転がきくし彼女の歯に衣着せぬ物言いはテニス部員からも一目置かれている。相手があの真田でも物おじせず堂々と自分の意見を言い、そしてちゃっかり自分に降りかかりそうな火の粉は未然に防ぐ、つまるところ頭のいい子だ。だから考えすぎで悩むこともよくあるらしくて最近もふとしたときに深いため息をついていたりする。そういえば柳や仁王がのことを嗅ぎ回っているみたいだけど、何があったのかな。まさかの悩み事に関係はないよね?質問に見せかけた脅し文句で釘を刺してはおいたけれどあの二人は情報を掴むことにかけては並々ならぬ執念深さを誇るし、俺も二人がそういう人間であることは嫌というほど知っている。まだこっそり情報をかき集めているだろうから、あとで本格的に罰を与えなきゃいけないかもね…ふふふ。


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幸村の妹は前から面白いと思っとった。俺は頭のいい人間が好きじゃからな。ころころ表情は変わるし落ち着きはないしお世辞にも女らしいとは言えんが、やつは面白い。幸村も俺がを気に入っとることは知っちょるみたいで仁王まさかに惚れてないよね?と月一で聞かれたときもあった。シスコンも行き過ぎると怖いのう…とくにそれが幸村だと。そのがどうやらあの赤也を好いとるらしいと柳に聞いたときは、やっぱりかとなんとなく納得した自分がおったことに驚いた。柳は幸村にはバラさんつもりらしいが、いや無理じゃろ。そのことも含めてこのネタで二ヶ月は遊べそうじゃと踏んで、俺はを応援してやろうと思っちょる。ブンちゃんにバラしたら案の定オーバーリアクションで大興奮。何それ面白そう俺も応援する!菓子貰ったとき並の心の底からの笑顔じゃった。ブンちゃんも可愛いやつじゃのう。それであれからもう二ヶ月はとうに過ぎたはずがあの二人の距離は一ミリも動いとらん。そろそろ飽きてきたし、早いとこくっつけないといかんなあとつくづく思う。


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幸村くんの妹ってあんまり面識なかったんだけど、が二ヶ月くらい前から男子テニス部のマネージャー始めてからわりと馬が合ってそこそこ仲が良かったりする。それで幸村くんにジロッと睨まれたりとかして怖いから、に手ぇ出そうなんて考えたこともないけど。中身はさておき、は顔だけは可愛いしスタイルいいからその気になればぶっちゃけイケると思う。でもけっこう前に仁王から聞いた話じゃは赤也に惚れてるらしい。恋愛って単語が世界一似合わない女が片思いしてるってのにはビビったけどすげえ面白そうだったから応援してやろうと思う。なんか、わかりにくいんだよなー、あいつが片思いとか。の赤也への態度はべつにほかの男子に対する態度とあんまり変わらないし、照れてるそぶりも何もないし。せいぜい仲良い男友達ってとこ?こないだジャッカルに何気なくって赤也に惚れてんだってよって言ったらアイツ、曖昧にはぐらかしやがった。もしかしたらもう知ってたのかも。だけどそれにしちゃなんかおかしかったし、どうしたんだろなジャッカル。ま、どうでもいいけど。


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少し前に、赤也から相談を受けた。どうも本気で好きな子が出来たらしい。赤也いわく、どうしよう先輩ぜってぇアイツ俺のこと異性として見てない!なんでも仲が良すぎるあまり自分も男友達と接する感覚で相手をしてしまうので、相手からもせいぜい仲の良い男友達としての扱いしか受けないそうだ。アイツ可愛いんスよぶっちゃけたまにムラっときたりとかするんスよ、なんて赤也が拗ねたように言うので相当可愛い子なんだなと相槌を打つと、相手はあの幸村だという。兄の幸村精市は俺達男子テニス部員からしてみれば脅威といっても過言ではない。そんなのが相手なのかよと息巻くと、呆れたいのはこっちだって!と赤也は頭を掻きむしっていた。そりゃあ前途多難だなと俺は彼の恋を応援するつもりだったんだが、丸井から話を聞いたらその応援が必要なかったことに気づく。なんだよアイツら両想いなのかよと呆れたが、口が壊滅的に軽い丸井にそんなことをバラすわけにもいかずなんとなく語尾を濁して答えた。もしかするとバレたかもしれない。あの攻撃的なダブルスパートナーが道徳的な人間であることを祈るばかりだ。


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に惚れたのはいつだったか正確には覚えてないけどかなり前だったと思う。最初は外見が可愛かったからだけど中身も女らしくはないけど可愛いしもう全部可愛いやばい。でもどうせ友達扱いしかされてねえんだよなあとか考えてた矢先だった。俺はそのときしばらく動悸がおさまらなかった。たまたま草むらにテニスボールが突っ込んじまったから取りに行ったその帰り、偶然ブン太先輩とジャッカル先輩の話を聞いてしまった。誓って言うけど盗み聞きじゃねえから!それはともかくとして、ブン太先輩が言ったことが信じがたかった。「って赤也に惚れてんだってよ」うおおおえええマジか!マジなのか!誰も見てないのをいいことに一人でガッツポーズしちまうくらいには嬉しかった。けどにわかにはやっぱり信じがたい。ブン太先輩ってけっこう適当に喋るし。これって直接告白して確かめたほうがいいのか?でももしこの話が嘘だったら怖いしの冷たい視線に晒されるなんて嫌…いやま、まんざらでもねえけど、そんなのはどうでもよくて、とにかく勇気出ねえ!は幸村部長の妹だから部長にバレたらぜってぇ俺生きてられねえ。とりあえず今日部活終わったら仁王先輩にでも相談しようそうしよう。


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表面上は普段と変わらず赤也と接し続けているわたしをお兄ちゃんは褒めてくれてもいいと思う。というのは冗談で、お兄ちゃんに赤也が好きだなんてバレたら赤也がどんな目に合うかはたかが知れているしそんなことになったらまずわたしの恋は始まることなく終わる。さんざっぱら女らしくないと言われ続けてきたけど乙女な考えだってするんですからね!わたしの恋路をお兄ちゃんなんかに邪魔されてなるものか。何より特筆すべきはそのことではなく、この間赤也がジャッカル先輩に恋愛相談をしていたのを聞いてしまったことがわたしの今の悩みのタネだ。赤也が口にした驚愕の一言にわたしの心は大きく脈打った。「それで、相手は?」「…」ジャッカル先輩がガタガタと椅子を揺らして大いに動揺していたのが部室の外からでもわかった。ジャッカル先輩に負けないくらいわたしも動揺していた。え、何うそでしょ両想いとかうそどうしたらいいの。告白したらいいの。照れ隠しに友達扱いしていたのが裏目に出たらしく、わたしの気持ちは微塵も伝わっていないようだ。落胆半分安心半分で、赤也早く告白してくれないかなあと待つことに決めた。赤也ならきっと、こういうのは男に言わせろよ!とか言うはずだし。自分の顔がバカみたいに赤いのはこの際無視した。



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仁王君と入れ代わっていたら、赤也君から恋愛相談を受けました。どうやらさんと両想いなのはわかっているのにどうしても告白できないようです。いつもは威勢がいいのに肝心なところでへたれというか、なんというか…。そこが彼の憎めない可愛らしいところなのですがね。僕はなんとなく二人は両想いなのではないかとずいぶん前から感づいていたのですが、やはり勘は当たったようです。最近冴えていますね、私。赤也君には早めに告白したほうがお互いのためだから、幸村君のことは気にしなくて大丈夫だから、とアドバイスしておきました。まあ間違ってはいないでしょう。そうだ、最近冴えているらしい勘でもうひとつ付け加えておくと、きっとこの話、真田君はかけらも知らされていないのでしょうね。まったく、いい加減仲間に入れてあげればいいのに。…なあんての、プリッ。





少年少女よ、愚かであれ!


「恋愛なぞたるんどる!」
「ほら言った通りじゃろ、こいつはお堅いからのう」






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