寝坊した。そもそもは課題が終わらず半泣きになりながら遅くまで起きて勉強していたのがいけない。もっと言うとそこまで自分を追い込んでしまった自分がいけない。そんなことはもちろん承知の上だ。わたしはそのせいで朝食を食べていない。貧血を起こしやすい体質にとってそれがどれだけおそろしいことか。それに加えて今日のわたしはいわゆる女の子の日全盛期である。腹痛も頭痛も一緒くたになって襲い掛かってくる。正直よく学校まで歩いてこられたと自分を手放しでほめてあげたいほどだ。しかしながらその類稀なる精神力にも限界はあるようで、現在進行形でぶっ倒れてしまいそうだ。校長の話というものはどうしてこんなに長いのだろうか。そして夏真っ盛りの日差しがじりじりと容赦なく照りつける。誰だ終業式を校庭で行うことに決めたのは。腹立たしい気持ちでいっぱいである。こうなっているのは少なからず自分のせいではあるのだけれど。

そしてそういう極限状態に限ってわたしの不健康にさらに拍車をかける人物が今わたしのすぐ隣でうちわを動かしている。暑い暑いとうわごとのように言いながら着崩していく制服からちらりと見える体が意外と(バスケ部なのだから体は鍛えていて当然だけれども)筋肉質なのにどきっとしたり、いやまあそんなことはどうでもいい。高尾和成は嫌な汗をじんわり浮かべるわたしに気づいているのかいないのか、どうでもいい話を振ってくる。

――以上で終わります。気を付け、礼。ああやっと長たらしい話が終わった、すぐに冷房の効いた教室へ行って涼んでやろう…と思いながら足を踏み出すと視界がぐにゃりと歪んだ。前後左右上下なにもかも判別できなくなって、奥行すらもつかめない。何やら聞き覚えのあるようなそうでないような高さの音が耳の中でぐわんぐわんと反響しているのだけは理解できたけれど、その後の記憶はほとんどない。

気がつくとすぐ薬品のにおいがつんと鼻をさした。薄っぺらくて硬いマットの上に、薬品のにおいのしみついた布団をかぶせられている。ああなるほどわたし結局倒れたんだなあ、としみじみ思っていると急に空腹感が押し寄せてきた。そういえば今は何時なのだろう。外では狂ったようにセミが泣き叫んでいる。気分は相変わらずすぐれない。とりあえず上体だけ起こすと、ついたての外で美人と名高い保健医と男子生徒が話す声が聞こえてきた。何を話しているのかわからない。半ば野次馬根性で重い体を引きずってついたてをそうっとどけた。

「だからぁ先生、一回だけ!ちょっとだけ!ホント、何もしないから」
「認められません。問題が起きたら責任を負うのはわたしなのよ」

そこにいたのは意外や意外、高尾だった。若い保健医はすがりつく高尾をにべもなく見下したような視線できっぱりと断っている。何が起きているのかはとうてい予測もつかないけれど、またどうせ高尾は何かろくでもないことでも考えているに違いない。お取込み中失礼します、と言うと保健医は一瞬で見事な営業スマイルに、高尾の顔は急に真っ赤になった。ますます何があったのかわからない。
女医さんいわく、単なる貧血だったそうだ。貧血体質とはいえ貧血が原因で倒れるなんてことは16年ほど生きてきた中では一度も起こらなかったのに、やはり昨日の無理が祟ったらしい。

「若いからって無茶しすぎないようにね、周りに心配かけちゃだめよ。そこの高尾君みたいに血相変えてお姫様抱っこで保健室に搬入してくれる子もいるみたいだし」

治ったならほら帰った帰った、にこにこ笑顔でわたしと高尾は保健室からつまみ出された。ちらりと高尾の横顔を見ると今まで見たこともないほど赤い顔をしている。その異常な様子に先ほどの保健医の言葉がよみがえる。おずおずと、「高尾がここまで運んでくれたの?」と聞いてみる。普段の騒がしさはどこへやら、彼は一度頷いたきりだった。とりあえずさっきの話は嘘ではないらしい。「なんで?」と問えば真っ赤な顔はますますわたしとは真逆の方向を向く。どうしてそんなに照れているのか理由はよくわからないけれど、なんか、無性に、ときめいた。

(おまえがすきで心配だからだよばーか!)

#イニシャルラヴァーズ title by alkalism


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